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2011-06-15 06:52 | カテゴリ:古河市古河地区
いや~、驚いた。坂本龍一氏が好きな言葉としてあの田中正造の言葉が出てくるとは・・・。田中正造とは、明治時代に足尾鉱毒事件を告発し、晩年は谷中村という今の渡良瀬遊水地内である場所で過ごした政治家です。実は古河リンクス前の土手に「田中正造翁遺徳之賛碑という記念碑が建っており、古河とも関係が深かった人物なのです(田中正造の詳細についてはこちらを参照)。
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坂本龍一氏がその発言をしたのは、自然エネルギーに関する「総理・有識者オープン懇談会」のHPの中のビデオメッセージででした(そのHPはこちら。坂本龍一氏のビデオはこちら)。そのビデオメッセージの中で、好きな言葉として田中正造の次の言葉を述べたのです。「真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」と。


田中正造のこの言葉は、本来は当時の足尾銅山鉱毒事件に対して発せられたメッセージであったわけですが、そのメッセージは今起きている福島原発事故にも十分通用するものだったのです(下の写真は、2008年4月27日に筆者が撮影した足尾銅山跡地。この山の中に東京・福岡間の距離に匹敵する坑道が掘られていた)。
080427ashio.jpg
足尾鉱毒事件は、その工場から出る排煙で付近の山々の木を枯らし、保水力を失った山は崩れてその土壌は渡良瀬川に流れ洪水の原因になり、精錬の工程で使われる硫酸等は渡良瀬川に鉱毒となって流れ、下流では農業への被害、死産の増加等多大な被害となりました。そして鉱毒の流出は今も続いているのです(足尾鉱毒事件の詳細はこちら)。事件が問題になった当時、国は足尾銅山の経営者に鉱毒の改善を求めることはしましたが、それでも銅山の操業は止むことはありませんでした。なぜなら、銅山の操業は国益にかなうことだったからです。これらを福島原発と比べてどう思いますか?まったく同じではないですか。


折しも先日6/1、2006年9月に古河から全国上映が開始された田中正造ドキュメンタリー映画「赤貧あらうがごとき」がDVD化され発売されております。筆者はこの映画は見ておりますが、改めてDVDを購入して見てみたいと思います(購入はこちらの案内を参照)。映画の中のインタビュー・証言の人の中には古河に在住している方も出てきます)。
sekihin.jpg
なお、この映画の主人公田中正造役を務めるのは、当時総和高校の美術の先生だった石神明治さんなのです。


石神明治さんは、実は古河リンクス前に建つこの「田中正造翁遺徳之賛碑」の制作にかかわった主たる人物なのです。その風貌があまりにも田中正造に似ているので、演劇の経験がないのに主役に抜擢されたそうです。
tanakashozo_itokunosanpi.jpg

福島原発事故で田中正造がまた見直されてきたところへ、世間に影響力のある坂本龍一氏の発言が加わって、その勢いが加速されそうです。
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2006-12-11 06:23 | カテゴリ:館林市
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私がかつて当サイトで「田中正造翁遺徳之賛碑」を採り上げたのは全く偶然のことでした(該当する記事はこちらです)。その碑を目的に行動したわけではなく、たまたま通りがかったらそこにあったという、その程度のレベルであったのです。

ところが、この碑を記事に採り上げた事が縁で、こうしてこの日、碑の主人公である田中正造氏のドキュメンタリー映画を見るために、館林の三の丸芸術ホールに足を運んだわけです。この映画は以前から気になっていたことは事実ですが、こういった経緯で見ることになるとは、予想外の展開でした。

映画は言うまでもなく素晴らしかったです。人のために自らを犠牲にしてここまで尽くせる人はそうそういるもんじゃありません。アメリカの方からお声が掛かって、現地で上映する話がきているそうですが、世界で初めて公害問題に本格的に行動した観点から、田中正造氏が世界的に評価される日も案外近いのかもしれません(そうなると、田中正造を演じたはまり役の総和高の美術の先生は、アメリカで舞台挨拶をすることになるのでしょうか)。

この映画はぜひ多く古河の人にも見ていただきと思います。なにより、この映画を企画した「田中正造を後世に伝える会」の代表者の佐々木斐佐夫氏(先祖は谷中村出身)は古河市民です。映画の中で発言していた奈良達雄氏も同様に古河市民です(筆者は古河第三小在学中、奈良氏も同小学校で夫婦共々教師として籍を置いていたので、存じ上げております。と言うか、ご自宅がどこであるか、友達が奈良氏の近くに住んでいたので、知っていたりするのです)。この他にも、私の気が付かないところで、古河市民が出演しているかもしれません。また、映画の中では古河総合公園内の古民家前や鷹見泉石記念館周りがロケ地として出てきます。

この映画を見て、「田中正造翁遺徳之賛碑」に描かれている絵がどういう意味があるのか、よく分かりました。また、その碑がなぜそこに建てられたのか、理解出来ました。ここでは、これからこの映画をご覧になる方の楽しみを奪うことになってしまうため、答えは書きません。ぜひ、この映画をご覧になってその答えが何であるか知っていただきたいと思います。
12/10撮影
写真上 SONY α100 TAMRON SP AF11-18mmF4.5-5.6

写真下 FUJIFILM FINEPIX F30
061210sekihin2.jpg

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2006-10-25 06:09 | カテゴリ:古河市古河地区
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前回ご紹介した古河ゴルフリンクスのクラブハウスの前(西側)の土手に、何やら建つ記念碑があります。何かあるなと、その存在には薄々気づいていたのですが、今まで近寄って見ることがありませんでした。この日改めて見たのですが、「田中正造翁遺徳之賛碑」とありました。そう、みなさんご存知だと思いますが、あの足尾鉱毒事件の運動で有名な、田中正造氏の記念碑だったのです(田中正造氏の詳しいことはこちらを参照してください)。

建てられたのはまだ新しく、2005年10月とこの碑に書かれていました。この碑の裏側には高額寄付者御芳名と言うのが書かれていまして、その中には古河出身の作家永井路子さんや前古河市長の小久保氏の名前も見受けられました。

10/22撮影 SONY α100 TAMRON SP AF11-18mmF4.5-5.6
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